月刊「視覚障害」2024年1月号より

ロイドの命がけの壁登りを実感する
「サイレント映画を楽しむ会」を開催
日本視覚障碍者芸術文化協会 会長
山口 和彦

 12月2日、日本視覚障碍者芸術文化協会は、バリアフリー映画を推進するNPO法人Bmap(ビーマップ)の協力を得て、東京都高田馬場の「LOUNGE TRE-B(ラウンジトレビ)」で「サイレント映画を楽しむ会」を開催し、60名が参加した。同協会は、2016年からピアノの生演奏が流れるカフェレストランで、短編小説や随筆などの朗読を聞きながら、作品の内容に合わせた食事やアロマの香りを楽しむ「コトノハのトビラ、香り奏でる朗読会」を開催してきた。しかし、コロナ下の3年間、朗読会はYouTubeで配信せざるを得なかった。YouTube配信により、聴取者が全国に広がった半面、香りや味覚を使っての楽しみがなく、やはり参加者同士が顔を合せて作品の感想を聞きたいという要望が根強くあった。

 そこで、今回は朗読会の代わりにサイレント映画を取り上げ、活動写真弁士をベテランの佐々木亜希子さんに、ピアノ演奏の楽士を永田雅代さんに依頼した。弁士が映画の各シーンを絶妙の「語り」で説明すれば、楽士は場面に合わせた臨場感溢れる演奏をする。観客はハラハラ、ドキドキ、そして笑いの連続で大変盛り上がった。

Safety Last
 上映された作品は、喜劇王ハロルド・ロイドの最大の傑作といわれるロマンティック・コメディ『ロイドの要心無用』(Safety Last)だ。ちなみに、この英文題名の「Safety Last」の意味は、視覚障碍者の外出や日常生活でもよく使われる「安全第一(safety first)」をもじったものである。「安全・安心」の点が過度に重視されるあまり、障碍を持つ私たちが何かに挑戦する気力を失ってしまいがちなところに、再び力を与えてくれるようだ。この映画は、100年前の関東大震災で被災した多くの人たちに復興への力を与えたことでもよく知られている。

 映画のあらすじは、主人公ハロルドは立身出世を目指して大都市へとやって来たが、就けた仕事はデパートのしがない店員。それでも故郷に残した恋人ミルドレッドには、なけなしのお金で高価なプレゼントを送り続ける。やがてミルドレッドがハロルドに会いにくることになり、ハロルドは困った。そんな時、デパートの支配人が店の派手な宣伝を企画していることを知る。ハロルドには高いところに上るのが得意な友人がおり、彼にビルの壁登りをさせることを思いつく。ところが当日、友人が逃げてしまう。進退窮まったハロルドは、大勢の観衆が見守る中、意を決して高層デパートの壁を登りはじめる。何度も落ちそうになるハロルドだが、なんとか登りきり、屋上で迎えてくれたミルドレッドと愛を誓い、ハッピーエンドとなる。

 実は、ロイドはこの映画の4年前に、事故で親指と人差指を失っていた。それにもかかわらずこの映画ではビルの壁をよじ登る危険なスタントをこなした。ロイドが高層ビルの時計の針にぶらさがっている写真は、その後サイレント映画の象徴となった。

サイレント映画の栄枯盛衰
 この映画が日本で公開されたのは1923年の12月。初期の映画はフィルムに音をつける技術がなかったため、上映する際には場面を口頭で説明する必要があった。幸いにして、人形浄瑠璃の太夫や三味線や歌舞伎の出語りなどに見られるように、日本は話芸の文化が多彩で、すでに活動写真弁士を育む地盤があったといえる。昭和初期、娯楽が少ない中で映画がその中心を占め、活動写真弁士もその状況に応じて活躍する機会が多くあった。サイレント映画と活動写真弁士の組み合わせにより新たな職業と文化が広まった。

 しかし、映画の技術が発達し音声が入るトーキーが普及してきた。1931年以降、洋画にも日本語字幕が入るようになった。時の流れと共に、活動写真弁士が廃業に追いこまれ、その多くが漫談や講談師、紙芝居、司会者、ラジオ朗読者などに転身したという。その代表的な例は、NHKラジオなどに出演し漫談や物語の朗読などに活躍した徳川夢声だ。活動写真弁士には映画の解説を行う際に話術が高く要求されるため、その優れた話術や構成力がそのまま弁士のタレントとして活かせたのである。

 近年では音声ガイドつき映画が普及してきた。歴史的には、1997年以降、「KAWASAKIしんゆり映画祭」などの市民映画祭で、視覚障碍者市民の要望から、バリアフリーシアターが実現したのが最初だと思われる。音声ガイドは、時と場所、人物の動き、しぐさ、表情、情景などを見たまま、客観的に説明する視覚的な情報を補うナレーションであるが、サイレント映画の活動写真弁士は映画作品の内容にあわせて台本を書き、上映中に進行にあわせてそれを口演する。従って、同じサイレント映画作品でも活動写真弁士により台本が違ってくるため、それを口演する活動写真弁士により観客の楽しみも違ってくる。楽士は譜面を見てピアノを演奏するのではなく、映像を見ながら演奏する。落語でも同じ題名の落語でも、演者によって面白さが違うのに似ている。サイレント映画が今後、日本独特の芸能・文化として継続するよう盛り立てて行きたいものである。

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